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〜宮古島紹介〜


甲子園は夢ではない


宮古島の高校にとって、甲子園は手の届かない夢だという人もいる。だが果たして本当にそうなのだろうか。
サッカーではすでに宮古高等学校の実力が知られていて、県代表で全国大会に参加してもいるが、もともと宮古島は野球の盛んな島でもある。私が宮古青年会議所にいた頃から、キャンプ誘致を実現したり、ジャイアンツ川上哲治元監督や長嶋茂雄元監督、セリーグの川島会長といった方々を宮古島に招くなどの運動が展開されてきた。また25年前からは、「夢はデッカク甲子園」としてJC杯野球大会が開催されており、素晴らしい球児たちが中学までは島ですくすくと育っている。
中学野球をみても、今年も北中学校野球部が県大会で優勝しているし、平良中学校、下地中学校など島内中学の野球部の県大会での活躍は目を見張るものがある。
これだけ野球が盛んな島であり、本島の有名校からスカウトされて甲子園で優勝、準優勝の大活躍をするような才能をもつ子供達が大勢いながら、宮古から甲子園にいけないということがあるだろうか。

ここで、今年の春夏甲子園出場を果たした石垣島に目を向けてみよう。 石垣島においては、これまで観光産業が順調に伸びてきた一方で、若者が減っていくという深刻な問題に島全体が不安を抱いていた。しかし、石垣島の人々はこの不安を前にただ手をこまねいているわけではなかった。策を練り、力を合わせて問題解決へと動き出したのだ。

将来の石垣市を担う人材を育てる為に出来ることはなにか。これは宮古でも長年悩まされてきた問題であるが、優秀な子供達がわざわざ島を離れ、本島、本土の高校への進学を選んでいるという現状がまず指摘される。島の大切な宝である才能豊かな子供達が、成長途中、思春期の大切な時期に親元を遠く離れ、見知らぬ土地での生活を余儀なくされ、目的半ばで挫折してしまう子供達も少なくはない。こうした現状に向きあったとき、子供達が安心して家族や友人のいる島で高校生活を送り、練習や勉強に励み才能を伸ばしていける環境づくりが何よりも大事との声があがるのは必然であろう。

石垣市の行動のまず第一歩が、島の高校の甲子園出場という途方も無いように聞こえる大目標の実現であった。島を出て有名校に行かなくても、島からでも才能が発揮できるし島の力を全国に示すことが出来るという自信を子供たち、そして親たち大人たちに与えることになるこの夢の実現のため、行政が主導して特別委員会を立ち上げ、それから官民一体となり運動を展開した。 努力は有能な監督を招くところから始まった。市長自らが動き、少年野球で全国制覇、中学野球で世界大会3位という実績をもつ伊志嶺監督に就任依頼をする。そしてスポーツに理解のある高校として、伊志嶺監督を招いた八重商への優秀な野球部員の入学を徹底して推奨した。PTAを含む地域の各界からの期待と説得、そして激励の声、行政の断固たる決意をもった働きの結果、これまでは実力を発揮する為には島を離れるのが常識と信じてきた選手達やその父兄達の納得を得ることができた。 こうして、優秀な球児たちの才能が八重商に結集したのであった。

以上は、隣の石垣島の成功話ではあるが、宮古島にとっても大きなヒントになる話である。行政、地域、学校の一体となった子供達の努力と活躍への応援が、大きな夢の実現には必要不可欠だということは隣の成功例をみるまでもなく、明らかであろう。子供達は汗を流して頑張っている。あとは大人たちが実行するかどうかである。甲子園出場をめざして地域が一丸となって取り組めば、甲子園は夢ではない。近い将来必ずや実現することであろう。

川満和彦